株式会社社長の専門学校
『会社売却2.0/
М&Aセルサイドアドバイザー協会』
代表 田中英司(たなかえいじ)
- M&Aのプロアドバイザーかつ現役経営者。
- ゼロから創業した会社を上場させ、買手・売手の両方を社長として経験。
- 上場企業を引き継いだ後、複数社の会社を経営。
- M&Aアドバイザーとしても、年商数千万~数十億のM&Aを成功に導く。
会社を売却するとき、多くの経営者が最も気になるのが「自分の会社はいくらで売れるのか」という点ではないでしょうか。
M&Aの譲渡価格は、決算書の数字を計算式に当てはめるだけで決まるものではありません。同じ会社であっても、誰が買い手を探すのか、何社の買い手候補に打診するのか、どのような希望価格を提示するのかによって、最終的な譲渡価格が大きく変わる可能性があります。
特に、1社のM&A仲介会社が売り手と買い手の間に入る方法と、売り手だけを支援する売主専任FAが複数の仲介会社を活用する方法では、価格形成の仕組みそのものが異なります。
この記事では、実際の会社売却事例をもとに、M&Aの譲渡希望価格をどのように決めるのか、仲介会社ではなぜ希望価格まで届きにくいことがあるのか、価格に幅を持たせる意味について詳しく解説します。
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譲渡希望価格は
どう決める?
仲介会社では高値に
なりにくい構造
●M&Aの譲渡希望価格はどのように決めるのか
・会社売却を進める際には、まず「いくらで売却したいのか」という譲渡希望価格を考えます。
企業概要書には、例えば次のような形で希望価格を記載します。
- 20億円以上
- 10億円以上
- 5億円以上
- 5億円から6億円
案件によっては企業概要書に価格を記載しないこともありますが、私は原則として希望価格を記載しています。
希望価格を明示することで、その価格を前提として、複数のM&A仲介会社や買い手候補に検討してもらうためです。
ただし、最初に記載した希望価格が、そのまま最終的な譲渡価格になるわけではありません。買い手候補からの反応や提示価格を確認しながら、実際の市場でどの程度の需要があるのかを見極めていきます。
・12億円の希望価格に対して10億円の提案が複数あった事例
具体的な事例で考えてみましょう。
ある会社について、企業概要書に「譲渡希望価格は12億円以上」と記載して、買い手候補を探したとします。
その後、あるM&A仲介会社から、次のような連絡が入ります。
「10億円程度であれば、買収を検討したい会社が出てきました」
10億円という金額は、希望価格の12億円には届いていません。ただし、この反応は非常に重要です。
さらに、別の仲介会社からも、
「10億円程度であれば検討したい」
「11億円程度までなら可能性がある」
という声が上がってきたとします。
実際に、私が支援した案件でも、募集を開始してから比較的短い期間で、12億円という希望価格に対して「10億円程度であれば買いたい」という会社が複数出てきたことがありました。
このような状況を見たとき、私は「この会社には相当な需要がある」と判断します。
短期間のうちに、希望価格に近い金額で買収を検討する会社が複数現れたのであれば、10億円ですぐに決めるのではなく、12億円に届く可能性を追うべきだからです。
・1社から11億円の提案が出たとき、どう判断するか
その後、1社から11億円程度の提案が出てきたとしましょう。
希望価格の12億円には届いていませんが、10億円の提案と比べれば、かなり希望価格に近づいています。
ここで、1社のM&A仲介会社だけに買手探しを任せている場合を考えてみます。
11億円を提示する有力な買手が現れると、仲介会社としては、
「希望価格には少し届かないものの、かなり良い金額を提示する会社が出てきた」
「このあたりで売り手と買い手の折り合いをつけた方がよいのではないか」と考える可能性があります。
そこで買い手に対しては、
「売り手は12億円を希望しているので、11億円は提示してください」
と交渉します。
一方、売り手に対しては、
「現在の買手の反応を見ると、11億円程度が妥当な水準ではないでしょうか」
と説明する可能性があります。
もちろん、すべての仲介会社が同じ対応をするわけではありません。しかし、売り手と買い手の間に立つ仲介という立場です。
そのため、売手にとって最も高い価格をどこまで追求できるかということ以上に、売手と買手の双方が合意できる価格を見つけ、成約につなげようとする力が働きやすい構造になっています。
しかし、売手の立場から考えれば、ここで重要なのは、
「11億円で売れるかどうか」ではなく、「本当に11億円が最高値なのか」
という点です。
10億円前後を提示する買手が複数存在し、さらに11億円を提示する会社まで現れたのであれば、会社に対する需要は相応に高いと考えられます。
そうであれば、11億円ですぐに決めるのではなく、他の買手候補にも広く声をかけ、12億円以上を提示する会社がないかを確認してから判断することが、売手にとって重要なのです。


●M&A仲介と
会社売却2.0では
価格形成の仕組みが違う

会社売却2.0では、1社の仲介会社だけに買い手探しを任せるのではなく、複数のM&A仲介会社に協力して、それぞれのネットワークを活用して買手候補を探します。
例えば、5社の仲介会社が、それぞれの買い手ネットワークを使って候補先を探す形です。
ある仲介会社から11億円の提案が出てきたとしても、そこで買い手探しを終える必要はありません。
その仲介会社には、11億円を提示した買い手との調整を進めてもらいます。一方で、別の仲介会社には、
「希望価格は12億円以上です」
「ほかの買い手候補も引き続き探してください」
と依頼します。
売主専任FAである私自身も、仲介会社とは別のルートで買い手候補を探します。
つまり、有力な買手が1社見つかった段階で探索を止めるのではなく、複数の買手候補を比較できる状態をつくることが、会社売却2.0の特徴です。
・複数の仲介会社から同じ水準の価格が出た場合
では、5社の仲介会社に依頼し、そのうち3社、4社から11億円前後の提案が出てきた場合はどう考えるのでしょうか。
十分な数の買手候補に打診したにもかかわらず、12億円以上の提案が出てこないのであれば、11億円前後が現時点での市場価格である可能性が高いと判断できます。
この場合は、当初の希望価格だけに固執するのではなく、11億円前後での売却も現実的に検討する必要があります。
一方で、複数のルートから買手を探していると、それまでの提示額を上回る買手が現れることもあります。
実際に、先ほど紹介した12億円以上を希望していた会社でも、最終的には希望価格に届く提案を受けることができました。
もちろん、M&Aでは価格だけで買手を決めるわけではありません。
従業員の雇用、経営者の残留期間、個人保証の解除、譲渡後の経営方針など、価格以外の条件も重要です。
こうした条件を総合的に比較したうえで、最も条件の良い買手を選び、希望価格で売却を進めることができました。
・複数の買い手候補が競争することで価格が上がる
1社のM&A仲介会社だけが買手を探している場合、12億円の希望価格に対して11億円を提示する有力な買手が現れると、
「希望価格には届かないものの、現在の市場ではこのあたりが妥当な価格ではないでしょうか」
という方向に話が進むことがあります。
もちろん、仲介会社も12億円を提示する買手を引き続き探すでしょう。
ただし、すでに成約の可能性が高い買手が見つかっている場合、実務上はその買手との条件調整に比重が移りやすくなります。
一方、複数の仲介会社が買手を探している場合は、状況が変わります。
ある仲介会社が11億円の買手を見つけても、別の仲介会社から12億円、あるいはそれ以上を提示する買手が出てくれば、売手はより条件の良い買手を選ぶことができます。
そのため、それぞれの仲介会社が、より良い条件を提示できる買手を探す環境が生まれます。
仲介会社同士が直接競争するわけではありません。
重要なのは、売手側に複数のルートから買手候補が集まり、それぞれの価格や条件を比較できる状態をつくることです。
その結果として買手候補同士の競争が生まれ、譲渡価格がより高い水準まで引き上げられる可能性があります。
つまり、会社を高く売るために重要なのは、
「最初に見つかった良い買手に売ること」ではなく、「複数の良い買手を集めて比較できる状態をつくること」
なのです。

・意向表明書を比較してからクロージングへ進む
会社売却2.0では、複数の買手候補から価格や条件を集め、その中から売手にとって条件の良い会社を選びます。
そして、有力な買手候補から意向表明書を受け取り、価格だけでなく、さまざまな条件を比較します。
そのうえで1社を選び、デューデリジェンスへ進みます。
デューデリジェンスでは、買手が財務、税務、法務、労務、事業などについて詳しく確認します。
その結果を踏まえて最終的な条件を調整し、株式譲渡契約を締結。その後、譲渡代金の決済や株式の移転などを行い、クロージングとなります。
最近、私が支援する案件でも、このように複数の買手候補を集めて比較することで、想定していた価格の上限に近い水準で意向表明を受け、その条件を維持しながらクロージングまで進められるケースが増えています。
1社の買手との成約を目指すのではなく、まず複数の買手候補が比較される環境をつくり、その中から売手にとって最も良い条件を選ぶ。
この「価格形成の仕組み」が、
一般的なM&A仲介と
会社売却2.0の
大きな違いの一つです。

●なぜM&A仲介会社は
さらに高い価格を
探し続けにくいのか
ここまでの話をすると、
「仲介会社も、11億円で売るより12億円で売れた方が、受け取る手数料が増えるのではないか」
と思われる方もいるでしょう。
確かに、仲介会社にとっても譲渡価格は高い方がよいといえます。
一般的に、M&Aの成功報酬は譲渡価格などを基準に計算されるため、譲渡価格が高くなれば、仲介会社が受け取る手数料も増える可能性があります。
しかし、ここで重要なのが、「価格をどこまで高くするか」だけでなく、「確実に成約させられるか」も仲介会社にとって重要だという点です。
M&Aは、基本的に成約しなければ成功報酬を受け取ることができません。
そのため、仲介会社には「より高い価格を目指すこと」と「成約の可能性を高めること」の両方を考える必要があります。
・高値を追うことと成約させることのバランス
例えば、売手が12億円での売却を希望している案件に、11億円を提示する有力な買手が現れたとします。
この場合、仲介会社には大きく二つの選択肢があります。
一つは、11億円を提示している買手との交渉を進め、売手との条件を調整して成約を目指すことです。
もう一つは、その買手との交渉を続けながら、さらに買手候補を探し、11億5,000万円、12億円、あるいはそれ以上を提示する会社が現れる可能性を追うことです。
もちろん、より高い価格を提示する買手が見つかる可能性が高ければ、買手探しを続けるでしょう。
しかし、必ずしも12億円を提示する買手が現れるとは限りません。
さらに高い価格を追っている間に、11億円を提示していた買手の状況が変わったり、別の会社の買収を決めたりして、交渉から離れてしまう可能性もあります。
そうなると、11億円の買手を失ったうえに、12億円の買手も見つからず、最終的に成約できないということも考えられます。
そのため、成約可能性の高い買手が現れると、
「さらに高い価格を追うより、この買手との条件を調整して成約につなげた方がよいのではないか」
という判断が生まれやすくなります。
これは、仲介会社が高く売りたくないということではありません。
仲介会社にとっては「価格の最大化」だけでなく、「成約させること」も非常に重要だからです。
・仲介会社は売手と買手の双方から手数料を受け取る

もう一つ重要なのが、一般的なM&A仲介会社の立場です。
多くのM&A仲介会社は、売手だけではなく、買手からも手数料を受け取る形でM&Aを支援します。
そのため、売手だけの利益を考えるのではなく、売手と買手の双方が合意できる条件を調整することが重要になります。
例えば、
売手:「12億円で売却したい」
買手:「11億円なら買収したい」
という状況になったとします。
この場合、仲介会社の役割は、どちらか一方の希望だけを通すことではなく、売手と買手の双方が納得できる条件を探し、成約につなげることです。
その結果、
「現在の買手の反応を考えると、11億円前後が現実的な着地点ではないでしょうか」
と売手に提案することも考えられます。
これは、担当者個人の能力や誠実さの問題ではありません。
売手と買手の双方の間に立って成約を目指すという、M&A仲介の立場そのものから生まれる構造上の特徴です。
・売主専任FAでは「適正価格」の考え方が異なる
一方、会社売却2.0では、私は**売手だけを支援する「売主専任FA」**として動きます。
買手から手数料を受け取らないため、売手と買手の双方の利益のバランスを取る立場ではありません。
私が考えるべきなのは、
「売手にとって、どこまで良い条件を実現できる可能性があるのか」
ということです。
例えば、11億円を提示する買手が現れても、ほかに12億円や13億円を提示する買手が存在する可能性があるのであれば、すぐに11億円で決める必要はありません。
複数の仲介会社や独自のルートを使って買手候補を広く探し、12億円、13億円を提示する会社がないかを確認します。
もちろん、十分な数の買手候補に打診しても12億円以上を提示する会社が現れなければ、11億円前後が市場価格である可能性があります。
その場合は、売手にもその事実を説明し、11億円前後での売却を現実的に検討します。
重要なのは、十分に市場を確認する前から「11億円が適正価格」と決めてしまわないことです。
仲介会社にとっての「適正な着地点」と、売主専任FAが考える「売手にとって実現可能な最良の価格」は、必ずしも同じではありません。

どこまで買手候補を広げ、どこまで高い価格の可能性を追うのか。
この点に、M&A仲介と売主専任FAの大きな構造上の違いがあります。

●譲渡希望価格に
幅を持たせる理由
・企業概要書に記載する譲渡希望価格には、大きく分けて二つの書き方があります。
一つは、
「6億円以上」
のように、下限だけを示す方法です。
もう一つは、
「5億円~6億円」
のように、価格に幅を持たせる方法です。
私は、会社の業績や財務内容だけでなく、想定される買手候補の数や需要なども考えながら、案件ごとに使い分けています。
・「5億円~6億円」と書くのはなぜか
「5億円~6億円」と記載すると、
「6億円を上限にするのであれば、最初から『5億円以上』と書けばよいのでは?」
と思われるかもしれません。
しかし、この価格レンジには意味があります。
ポイントは、その会社に対して、どのくらいの買手需要が見込めるかです。
・「6億円以上」と記載する場合
「6億円以上」と記載するのは、6億円前後だけでなく、6億5,000万円や7億円といった、さらに高い価格が出てくる可能性があると考えている案件です。
例えば、複数の買手候補から5億5,000万円以上の提案が出てくる可能性が高く、その中から6億円、さらにそれ以上を提示する会社が現れることを期待できるケースです。
このような案件では、あえて上限を設ける必要はありません。
「6億円以上」を一つの基準として、できる限り高い価格を目指します。
・「5億円~6億円」と記載する場合
一方、「5億円~6億円」と記載する場合は、少し考え方が異なります。
6億円を超える価格を実現するのは簡単ではないものの、できるだけ5億円以上の買手候補を集め、その中で6億円に近い価格を目指したいと考えているケースです。
例えば、実際の市場価格は4億5,000万円~5億円程度になる可能性もある。
しかし、買手候補をできるだけ広く集めて競争環境をつくることができれば、5億5,000万円、さらには6億円近くまで価格が上がる可能性もあります。
このような場合には、最初から高い下限を設定して買手候補を絞り込むのではなく、一定の幅を持たせて、より多くの買手候補に検討してもらうことを重視します。
高い下限を設定すると買手候補が離れることがある
例えば、企業概要書に、
「譲渡希望価格:6億円以上」
と記載したとします。
企業概要書を見た買手候補が、自社の基準で企業価値を計算した結果、
「当社としては4億8,000万円程度までしか出せない」
と判断した場合、その時点で検討をやめてしまう可能性があります。
「売手は6億円以上を希望している。それなら価格が合わない」
と考えるからです。
しかし、
「譲渡希望価格:5億円~6億円」
と記載されていればどうでしょうか。
4億8,000万円~5億円程度を想定している買手でも、
「条件次第では交渉できるかもしれない」
と考え、検討を続ける可能性があります。
そして、実際にトップ面談や詳細な検討に進む中で会社への評価が高まれば、当初想定していた金額より高い価格を提示してくれることもあります。
私は、こうした買手候補を最初からすべて除外したくない場合に、あえて譲渡希望価格に幅を持たせています。
つまり、価格レンジは単に「会社はいくらなのか」を示すだけではありません。
どのくらいの買手候補を検討の土俵に乗せるかを考える、買手探索の戦略の一つでもあるのです。
■価格判断に必要な基礎数値を企業概要書に記載する
もちろん、譲渡希望価格だけを提示して買手に判断してもらうわけではありません。
私が作成する企業概要書には、買手候補が自社で企業価値を計算できるように、財務に関する基礎数値をできるだけ分かりやすく記載します。
主な項目は、次のようなものです。
- 売上高
- 営業利益
- EBITDA
- 純資産
- ネットキャッシュ
- 財務数値の修正内容
- 将来の業績見込み
例えば、過去数年間の業績が横ばいの会社であれば、複数期の平均的な利益水準を参考にします。
一方、業績が伸びている会社であれば、直近の利益水準だけでなく、今後の業績見込みについても考慮する必要があります。
買手候補は、こうした情報をもとに、自社の投資基準や企業価値評価の方法で、
「この会社であれば、いくらまで出せるのか」
を計算します。
そのため、同じ会社であっても、
「6億円以上」
と記載するのか、
「5億円~6億円」
と記載するのかによって、買手候補の受け止め方は変わります。
希望価格を高く設定すれば、必ず高く売れるわけではありません。
反対に、価格レンジを広げればよいというわけでもありません。
重要なのは、会社の価値と買手の需要を見ながら、できるだけ多くの有力な買手候補を集め、最終的に高い価格を引き出せる価格設定を考えることです。
譲渡希望価格の決め方は、単なる「会社査定」ではなく、会社をより良い条件で売却するための重要な戦略の一つなのです。


●会社の需要は実際に
買い手へ打診しなければ
分からない
M&Aの譲渡価格は、企業価値の計算だけで決まるものではありません。
最終的には、**「その会社を、いくらで買いたいという買手がいるのか」**という需要によって大きく左右されます。
そして、売却する会社は一つしかありません。
すべての買手候補が希望価格を評価してくれる必要はなく、希望価格を提示してくれる買手が1社でも見つかれば、その価格で売却できる可能性があります。
問題は、その1社をどうやって見つけるかです。
そのためには、できるだけ多くの買手候補に打診し、実際の反応を確認することが重要です。
会社売却2.0では、複数のM&A仲介会社に協力してもらい、それぞれのネットワークを活用して、多くの買手候補にアプローチします。
そこで得られた反応を見ることで、
「当初の希望価格は十分に狙えるのか」
「もう少し高い価格まで狙えるのか」
「それとも市場価格より高く設定しすぎているのか」
を判断していきます。
つまり、本当の市場価格は、会社査定だけではなく、実際に市場へ出して買手の反応を見ることで、より明確になってくるのです。
12億円を希望した会社では、買手の反応をどう見たか
先ほどの事例では、譲渡希望価格を12億円以上として買手を募集しました。
すると、比較的短い期間で、
「10億円程度であれば検討したい」
という買手候補が複数現れました。
希望価格の12億円には届いていません。
しかし私は、この反応を見て、
「この会社に対する需要はかなりある。さらに買手候補を広げれば、12億円に届く会社が出てくる可能性がある」
と判断しました。
反対に、多くの買手候補へ打診しても、10億円前後の提案すらほとんど出てこなかったらどうでしょうか。
その場合は、12億円という希望価格が、現在の市場価格より高い可能性を考えなければなりません。
このように、同じ12億円という希望価格でも、買手候補からどのような反応が、どのくらいの数で返ってくるかによって判断は変わります。
M&Aの価格は、机上の計算だけで決めるのではなく、実際の買手候補の反応を確認しながら判断することが重要です。
・希望価格の上限を超えて成約することもある
企業概要書に価格レンジを記載したからといって、その上限が売却価格の上限になるわけではありません。
実際に私が支援した案件では、企業概要書に、
「3億6,000万円~3億9,000万円」
と記載して買手を募集したところ、最終的に、
4億2,000万円
で成約したケースがあります。
当初記載した上限より、3,000万円高い価格です。
複数の買手候補がその会社を高く評価し、競争する状況になれば、当初想定していた価格を上回ることもあります。
だからこそ、企業概要書に記載した希望価格だけで「この会社の上限はここ」と決めつける必要はありません。
実際にどこまで高い価格が出るのかは、買手候補を広く探してみなければ分からないのです。
・「5億円~6億円」という価格レンジが提示価格に与える影響
別の案件では、企業概要書に、
「5億円~6億円」
という希望価格を記載しました。
このように価格レンジを示すと、買手候補は単純に「最低5億円ならよい」と考えるだけではありません。
「売手はできるだけ6億円に近い金額を希望している」
「有力な買手になるには、ある程度レンジの中間以上を提示した方がよいのではないか」
と考えることがあります。
その結果、5億円ぎりぎりではなく、5億5,000万円前後など、価格レンジの中間以上の提案が出てくる可能性があります。
一方、
「5億円以上」
とだけ記載した場合は、5億円が一つの基準になります。
そのため、買手候補によっては、
「5億円を少し上回る5億2,000万円でどうか」
「5億3,000万円なら競争力があるのではないか」
と考えることもあります。
もちろん、「5億円~6億円」と書けば必ず高くなり、「5億円以上」と書けば安くなるということではありません。
大切なのは、希望価格の見せ方によって、買手候補の参加意欲や価格提示の考え方が変わる可能性があるということです。
・譲渡希望価格の書き方は案件ごとに判断する
では、
「〇億円以上」
と、
「〇億円~〇億円」
のどちらが正しいのでしょうか。
私は、どちらか一方が常に正解だとは考えていません。
会社の業績、財務内容、業界、成長性、想定される買手候補の数、その会社に対する需要などを考えながら、案件ごとに判断します。
例えば、
「この会社は買手需要が強そうなので、上限を設けず『6億円以上』で募集しよう」
という案件もあれば、
「買手候補をできるだけ広く集めたいので、『5億円~6億円』として競争環境をつくろう」
という案件もあります。
もちろん、企業価値を計算するための財務的な根拠は必要です。
しかし、M&Aの最終的な譲渡価格は、計算式だけで完全に決まるものではありません。
会社査定で一定の価格目線をつくり、実際に多くの買手候補へ打診し、その反応を見ながら市場価格を確認していく。
そして、買手からの反応が強ければ、さらに高い価格を目指す。
反対に、反応が弱ければ、希望価格を見直すことも検討する。
この「市場の反応を見ながら価格を判断する」というプロセスが、会社をできるだけ良い条件で売却するために重要なのです。

●M&Aの譲渡希望価格は簡単には決められない
インターネット上には、
「3分で会社の価格が分かる」
「10項目を入力するだけで会社を査定できる」
といった簡易査定サービスがあります。
目安を知るために利用すること自体は問題ありません。しかし、その結果をそのまま実際の譲渡価格だと考えるのは危険です。
なぜなら、実際のM&Aでは、決算書に記載された数字をそのまま使って会社の価値を判断するわけではないからです。
・決算書の数値は実態と異なることがある
決算書の利益と会社の本当の収益力は異なる
簡易査定では、一般的に決算書に記載されている売上高や営業利益などを入力して会社の価格を計算します。
しかし、中小企業の場合、決算書上の利益と、その会社が本来持っている収益力が大きく異なることがあります。
例えば、次のような項目を確認し、必要に応じて修正します。
- 役員報酬が一般的な水準より高い、または低い
- 一時的な費用が計上されている
- 本業とは関係のない経費が含まれている
- オーナー個人に関係する費用が含まれている
- 一時的な売上や利益が計上されている
- M&A後には不要となる保険料や賃料などがある
- M&A後に削減できる費用がある
こうした項目を一つずつ確認し、会社が本来どのくらいの利益を生み出す力を持っているのかを計算します。
これを、**「正常収益力」**と考えると分かりやすいでしょう。
例えば、決算書上の営業利益が5,000万円だったとしても、さまざまな修正を行った結果、実質的な利益が7,000万円、8,000万円になることもあります。
反対に、一時的な利益が含まれていたため、修正すると実質的な利益が4,000万円になることもあります。
会社によっては、修正前と修正後で利益が3割、5割、場合によってはそれ以上変わることもあります。
そして、M&Aではこの利益の違いが、最終的な会社評価に大きく影響します。
そのため、適切な譲渡希望価格を考えるには、決算書の数字をそのまま使うのではなく、実態に合わせて修正した利益を把握することが重要です。
・直近1期の決算だけでは会社の価値を判断できない
では、直近の決算書を詳しく分析し、正常収益力を計算すれば十分なのでしょうか。
それだけではありません。
もう一つ重要なのが、業績の推移と将来性です。
例えば、同じ営業利益1億円の会社が2社あったとします。
A社は、
8,000万円 → 9,000万円 → 1億円
と利益が伸びています。
一方、B社は、
1億2,000万円 → 1億1,000万円 → 1億円
と利益が少しずつ下がっています。
現在の利益だけを見れば、どちらも1億円です。
しかし、買手から見た会社の評価は同じとは限りません。
なぜなら、買手が会社を買収するのは、過去の利益を買うためではなく、買収後にその会社が生み出す将来の利益を得るためだからです。
そのため、M&Aの会社査定では直近1期だけではなく、複数期の業績を確認し、
「成長しているのか」
「横ばいなのか」
「下降傾向にあるのか」
を判断する必要があります。
さらに、現在の受注状況や市場環境などから、今後の業績についても考えます。
例えば、今後も10%以上の成長が見込まれる会社と、今後も業績が横ばいと予想される会社では、現在の利益が同じでも評価が異なる可能性があります。
反対に、業績が少しずつ下がっている会社であれば、将来の利益を慎重に見積もる必要があります。
つまり、適切な譲渡希望価格を考えるためには、
「決算書上の利益」だけを見るのではなく、「修正後の正常収益力」+「過去の業績推移」+「将来の業績見込み」まで確認する必要があります。
簡易査定は、会社価格の大まかな目安を知るためには便利です。
しかし、実際のM&Aで譲渡希望価格を決めるには、会社の本当の収益力と将来性まで分析したうえで、より実態に近い企業価値を考えることが重要なのです。

●業種別の倍率だけでは会社価格を判断できない
買い手候補の中には、会社の内容を詳しく分析せず、業種ごとの倍率だけで価格を計算する会社もあります。
例えば、飲食業について、
「飲食業はEBITDAの3.5倍から4倍程度」
と決めて計算する方法です。
業種別の倍率は、参考値としては利用できます。しかし、同じ飲食業でも、会社の内容はまったく異なります。
- ブランド力がある
- 高い利益率を維持している
- リピーターが多い
- 出店余地がある
- 人材や運営体制が整っている
- 成長性が高い
- 他社が簡単にまねできない強みがある
このような会社は、一般的な業界倍率より高く評価される可能性があります。
・飲食業でEBITDAの6倍弱になった事例
私が支援している飲食業の案件では、譲渡価格がEBITDAの6倍弱になった事例があります。
周囲からは、
「飲食業でその倍率は高いのではないか」
と言われました。
しかし、その会社には、一般的な飲食店とは異なる明確な強みがありました。
さらに、足元の業績も横ばいではなく、若干のプラスで推移していました。
会社の強みや将来の成長性を評価に入れず、単純に、
「飲食業だからEBITDAの4倍」
と計算するだけでは、適切な価格にはなりません。
一方で、会社に弱点やリスクがあれば、マイナスの補正を入れる必要があります。
強い部分だけを見るのではなく、悪い部分も含めて分析することが重要です。
このような詳細な分析を行わず、5分や10分で正確な会社査定をすることはできません。

●企業概要書を作成して
初めて
希望価格を検討できる

私は会社の譲渡希望価格を考えるとき、最初から「この会社は〇億円」と決めることはしません。
私は会社の譲渡希望価格を考える際、最初に決算書を受け取り、企業概要書を作成します。
その過程で、財務数値を修正し、経営者へのヒアリングを行います。
- 現在の事業内容
- 会社の強み
- 会社の弱み
- 取引先の状況
- 従業員の状況
- 今後の成長見込み
- 一時的な費用
- M&A後に削減できる費用
- 足元の月次業績
- 将来の事業計画
こうした情報を一つずつ整理していくことで、決算書だけでは分からなかった会社の本当の収益力や将来性、事業上の強みやリスクが見えてきます。
その後、経営者と数字や会社の状況について話し合い、「この希望価格で買い手候補に提示してみましょう」
と決めていきます。
買い手には基礎数値と希望価格を提示する
企業概要書が完成したら、買手候補に対して、会社を評価するために必要な財務の基礎数値と譲渡希望価格を提示します。
ただし、希望価格を計算した具体的な計算式まで提示するわけではありません。
どの評価方法を使うのか、どの倍率を使うのかは、買い手側が判断する問題だからです。
会社価格の評価方法には、年買法、EBITDA倍率、DCF法、純資産を基準にする方法など、さまざまな考え方があります。
会社の成長性や業界、事業とのシナジーなどによっても、買手が許容できる価格は変わります。
つまり、同じ会社、同じ財務数値を見ても、買手によって企業価値の評価は異なるのです。
それだけ、会社の価格は一つの計算式だけでは決められないものです。
それだけ会社の価格は繊細なものです。
最終的な価格は実際の需要を確認して判断する
企業概要書を作成し、希望価格を設定したとしても、その価格を実際に買いたい会社が存在するかどうかは分かりません。
数社に聞いただけでは、その会社に対する需要を十分に判断できないこともあります。
特に、譲渡価格が10億円を超えるような案件では、多くの買い手候補に打診する必要があります。
十分な数の候補先に当たった結果、ほとんどの会社から、
「その価格では難しい」
と言われたのであれば、希望価格が高すぎる可能性があります。
その場合は、買い手候補からの反応を踏まえて、希望価格を見直すこともあります。
しかし、実際の需要を確認する前から安い価格に設定することは避けるべきです。
最初の会社査定だけで「この会社は〇億円」と決めつけるのではなく、会社の実態を十分に把握したうえで希望価格を設定し、さらに実際の買手需要を確認しながら価格を判断していく。
私は、このプロセスを踏むことが、売手経営者にとって納得感のある会社売却につながると考えています。


●初回面談で
伝えられるのは
あくまで概算の価格帯
経営者との初回面談では、当然ながら、
「自分の会社はいくらくらいで売れるでしょうか」
と質問されます。
経営者が価格を知りたいと考えるのは当たり前です。
そのため、私は価格の考え方を説明したうえで、分かる範囲の数字を聞き取ります。
例えば、
- 直近の売上高
- 営業利益
- 役員報酬
- 借入金
- 現預金
- 最近の業績推移
- 今後の見込み
などを確認します。
その情報をもとに、
- 「この前提であれば、この程度の価格が考えられます」
- 「別の前提で考えると、この程度になる可能性があります」
- 「現時点では、おおむねこの価格帯ではないでしょうか」
とお伝えすることはできます。
ただし、それは経営者から口頭で聞いた情報や、1期分の決算書を簡単に確認した段階での概算です。
正確な査定ではありません。
会社の価値は、それほど単純なものではありません。
3億円の会社なのか30億円の会社なのかという大きな違いであれば、短時間でもある程度分かる可能性があります。
しかし、5億円なのか8億円なのか、3億円なのか5億円なのかという違いは、詳細な分析をしなければ判断できません。
簡易査定の結果が、実際の価格より大きく上振れすることもあれば、大きく下振れすることもあります。
そのため、簡易査定は参考情報として利用し、結果をそのまま信じすぎないことが重要です。

会社の価格を
知りたい方は
ぜひご相談ください
M&Aの譲渡希望価格は、決算書の数字を計算式に当てはめるだけでは決められません。
財務数値の修正、過去の業績推移、将来の成長性、会社固有の強みや弱み、買い手候補からの実際の需要を確認する必要があります。
また、1社のM&A仲介会社だけに買い手探しを任せる場合と、売主専任FAが複数の仲介会社を活用する場合では、価格形成の仕組みが異なります。
複数の買い手候補から提案を集め、競争が生まれる環境をつくることで、譲渡価格が当初の想定より高くなる可能性があります。
ご自身の会社の価格を知りたい方は、インターネット上の簡易査定だけで判断せず、まずは決算書をもとに個別相談を受けることをおすすめします。
個別相談では、決算書の数字だけでなく、実態の収益力、足元の業績推移、今後の見通しなどをヒアリングし、必要な補正を加えながら、現時点で想定される価格帯をお伝えします。
企業概要書を作成したうえでの正式な価格設定と比べれば概算にはなりますが、会社売却を検討するための最初の判断材料としてご活用いただけます。
会社売却を検討している方や、自社がどの程度の価格で評価される可能性があるのか知りたい方は、無料相談をお申し込みください。


個別相談では、決算書の数字だけでなく、実態の収益力、足元の業績推移、今後の見通しなどをヒアリングし、必要な補正を加えながら、現時点で想定される価格帯をお伝えします。
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ぜひ一緒に踏み出しましょう。

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この記事を書いた人
会社売却2.0


