株式会社社長の専門学校
『会社売却2.0/
М&Aセルサイドアドバイザー協会』
代表 田中英司(たなかえいじ)
- M&Aのプロアドバイザーかつ現役経営者。
- ゼロから創業した会社を上場させ、買手・売手の両方を社長として経験。
- 上場企業を引き継いだ後、複数社の会社を経営。
- M&Aアドバイザーとしても、年商数千万~数十億のM&Aを成功に導く。
M&Aを進めると、買手候補から「意向表明書」を受け取る場面や、買手との間で「基本合意書」を締結する場面があります。
しかし、意向表明書の受領と基本合意書の締結について、両者の違いがよく分からないという経営者は少なくありません。書かれている内容が似ていることも多く、どちらもデューデリジェンスに進む前の段階で取り交わされるためです。
ただし、この段階での対応を雑にしてしまうと、デューデリジェンス後に譲渡価格が大幅に下がったり、条件が折り合わずにM&Aそのものが破談になったりする可能性があります。
本記事では、買手候補探しから意向表明書の受領、基本合意書の締結までの流れを整理したうえで、それぞれの違いや法的拘束力、譲渡価格を維持するために必要な準備について解説します。
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譲渡価格の減額を防ぐ
実務ポイント
意向表明書と
基本合意書は
何が違う?
1.買手候補探しから意向表明書を受け取るまでの流れ

意向表明書と基本合意書の違いを理解するためには、まずM&Aにおける買手候補探しの全体的な流れを把握しておく必要があります。
●売手側のデューデリジェンスと企業概要書の作成
買手候補を探す前に、売手側では自社の情報を整理します。
会社売却2.0では、この作業を「売手側デューデリジェンス」として実施し、その内容をもとに企業概要書を作成します。
企業概要書には、会社の基本情報だけでなく、事業内容、財務情報、収益構造、資産・負債、従業員、取引先、契約関係など、買手が会社を評価するために必要な基礎データをできる限り細かく記載します。ここで重要なのは、企業概要書の情報をできるだけ正確にしておくことです。
この企業概要書の正確性が、その後の譲渡価格や条件交渉に大きな影響を与えます。
・ロングリストを作成して買手候補へ打診する
企業概要書の作成と並行して、買手候補をまとめた「ロングリスト」を作成し、必要に応じてM&A仲介会社などから候補企業の情報を集め、幅広い企業へ打診します。
最初は会社名を伏せた「ノンネーム資料」を使い、業種、地域、売上・利益規模、譲渡理由などの概要だけを伝えます。
興味を示した買手候補とは秘密保持契約を締結し、その後、企業概要書を開示して具体的な検討に進みます。
・質疑応答とトップ面談を行う
企業概要書を開示すると、買手候補から事業内容や財務状況などについて質問が届きます。質疑応答を重ね、買収を具体的に検討する段階になったところで、トップ面談を行います。
会社売却2.0では、トップ面談の前後で十分な情報提供と質疑応答を行い、譲渡価格や買収条件、譲渡後の社長の処遇などを具体的に検討してもらいます。
そのうえで、買手候補から「意向表明書」を提出してもらいます。


2.意向表明書とは何か

意向表明書とは、買手候補が売手に対して、現時点で考えている買収条件や買収の意思を示す書面です。
英語では「Letter of Intent」と呼ばれ、「LOI」と略されることもあります。
●意向表明書には何が書かれるのか
一般的には、次のような内容が記載されます。
- 想定する譲渡金額
- 株式譲渡などの取引方法
- 買収対象となる範囲
- 譲渡後の経営体制
- 売手経営者の処遇や引継ぎ期間
- 従業員の雇用方針
- デューデリジェンスの実施方針
- 今後のスケジュール
- 独占交渉権や秘密保持義務
会社売却2.0では、後の交渉で認識のズレが生じないよう、意向表明書の段階でできるだけ具体的な条件を提示してもらいます。
不明確な点があれば買手候補に確認し、必要に応じて内容を補足してもらいます。
意向表明書は最終契約ではありませんが、その後の交渉の土台となる重要な書類です。
●複数の買手候補から意向表明書を受け取る
売手にとって理想的なのは、複数の買手候補から意向表明書を受け取ることです。
複数社が検討している場合は提出期限を設け、譲渡金額や条件など同じ項目について提示してもらいます。実質的には入札に近い進め方です。
複数の意向表明書があれば、譲渡金額だけでなく、譲渡後の経営方針や従業員の処遇なども比較して、より良い買手候補を選ぶことができます。
●意向表明書を受け入れ、独占交渉へ進む
複数の意向表明書を比較して買手候補を1社に絞ったら、その会社に意向表明書の受領書を返し、具体的な交渉へ進みます。
一方、選定しなかった買手候補には、その旨を伝えます。
このように、買手から意向表明書を受け取り、売手が受領書を返すことで、独占交渉に進むための合意が成立します。
**「買手から意向表明書を受け取る → 売手が比較・選定する → 1社と独占交渉へ進む」**というのが基本的な流れです。


3.基本合意書とは何か

基本合意書は、意向表明書に記載された内容をもとに、売手と買手の双方が合意した条件を契約書の形式にまとめたものです。
英語では「Memorandum of Understanding」と呼ばれ、「MOU」と略されることがあります。
・意向表明書と基本合意書の内容は大きく変わらない
一般的なM&Aでは、意向表明書と基本合意書に記載される内容は、それほど大きく変わりません。
基本合意書の方が、詳しく条件が書かれることはありますが、譲渡金額、取引方法、今後のスケジュール、秘密保持、独占交渉権など、中心となる項目は共通しています。
大きな違いは、書面の形式と合意の仕方です。
意向表明書は、買手が売手に対して一方的に提出する書面です。売手は、その意向表明書を受け入れる場合に受領書を返します。
一方、基本合意書は売手と買手の双方が契約当事者となり、両者が署名または記名押印します。
つまり、「意向表明書+受領書」で確認した内容を、双方の契約書としてまとめたものが基本合意書と考えると分かりやすいでしょう。
・基本合意書を締結しないケースもある
M&Aでは、必ず基本合意書を締結しなければならないわけではありません。
意向表明書と受領書のやり取りだけで独占交渉に進み、そのままデューデリジェンスを実施することもあります。
例えば、買手候補が上場会社の場合、基本合意書の締結が適時開示の対象になる可能性があります。
開示の要否は買収する会社や対象会社の規模、取引金額、上場会社に与える影響などによって異なりますが、基本合意書を締結したことでプレスリリースが必要になるケースがあります。
売手としては、会社売却の事実をまだ公表してほしくないことがあります。買手側も、この段階では公表を避けたいと考えることがあります。
そのため、双方が公表を望まない場合などには、基本合意書を締結せず、意向表明書と受領書だけで次の段階に進むことがあります。


4.意向表明書と基本合意書の法的拘束力

意向表明書と基本合意書は、書面の形式こそ異なりますが、実務上の法的拘束力は大きく変わらないケースが一般的です。ただし、すべての項目に法的拘束力がないわけではありません。
●秘密保持義務には法的拘束力がある
意向表明書や基本合意書には、M&Aを検討している事実や、交渉の中で知った会社情報を第三者に漏らさないための「秘密保持義務」が定められます。
会社売却の情報が従業員や取引先などに漏れると、会社経営に影響する可能性があります。
そのため、秘密保持義務には通常、法的拘束力を持たせます。
●独占交渉権にも法的拘束力がある
意向表明書の受け入れや基本合意書の締結後は、買手が費用をかけてデューデリジェンス(DD)を行います。
その間に売手が別の買手と交渉を進めないよう、一定期間、他社との交渉を制限する「独占交渉権」が設定されるのが一般的です。
この独占交渉権についても、通常は法的拘束力があります。
●譲渡金額や買収条件には原則として法的拘束力がない
一方、意向表明書や基本合意書に記載された譲渡金額や買収条件には、原則として法的拘束力はありません。
この段階では、買手はまだデューデリジェンスを終えておらず、企業概要書やそれまでに開示された情報をもとに条件を提示しているからです。
そのため、例えば意向表明書に「譲渡金額10億円」と記載されていても、デューデリジェンスで新たな問題が見つかれば、買手から減額や条件変更を求められる可能性があります。
つまり、意向表明書や基本合意書に金額が書かれていても、その金額で会社を売却できることが確定したわけではないという点には注意が必要です。

5.意向表明書の金額をそのまま維持することが重要

意向表明書に記載される譲渡金額は、あくまで現時点での条件であり、最終的に確定した金額ではありません。
しかし、会社売却2.0では、意向表明書や基本合意書で提示された金額・条件を、できる限り変更せずにクロージングまで進めることが重要だと考えています。
・10億円が9億8,000万円になる場合と8億円になる場合
例えば、意向表明書で譲渡金額10億円が提示されたとします。
デューデリジェンスで小さな問題が見つかり、9億8,000万円への減額を求められた場合、理由によっては売手が受け入れることもあるでしょう。
しかし、10億円が8億円になるような大幅な減額は問題です。
売手としては「当初の話と違う」となり、条件が折り合わず破談になる可能性も高まります。
このような大幅な減額が起こる場合、意向表明書を受け取る前の情報開示や条件整理が十分でなかった可能性があります。
・価格に影響する情報は事前に開示する
意向表明書の金額を維持するためには、譲渡価格に影響しそうな問題を事前に整理し、意向表明書を提出してもらう前に買手候補へ伝えることが重要です。
買手候補には、それらの問題やリスクを織り込んだうえで、譲渡価格を提示してもらいます。
つまり、後から問題が見つかって減額交渉になるのではなく、価格に影響する論点を先に開示し、売手と買手の認識を合わせたうえで意向表明書を受け取ることが、大幅な減額を防ぐポイントです。


6.譲渡価格に影響する情報を企業概要書へ正確に記載する

意向表明書で提示された譲渡価格をクロージングまで維持するためには、企業概要書の正確性が重要です。
特に、会社の収益力や資産・負債、重要な契約など、譲渡価格に影響する情報は事前に整理し、正確に記載しておく必要があります。
・営業利益やEBITDAを正しく整理する
買手が会社の価値を評価するときは、営業利益やEBITDAなどの収益力を確認します。
EBITDAは、営業利益に減価償却費などを加えて算出する指標です。
一時的な費用やオーナー経営者に関連する経費などを調整し、会社が本来どの程度の収益力を持っているのかを確認します。
企業概要書に記載された営業利益やEBITDAと、デューデリジェンスで確認された実態に大きな差があれば、買手は譲渡金額の見直しを求めます。
そのため、どの費用を正常化するのか、どの利益を基準に会社を評価するのかを事前に整理することが必要です。
・純資産やネットキャッシュを整理する
純資産や現預金、借入金、ネットキャッシュなども譲渡価格に影響します。
ネットキャッシュは、現預金などから借入金などの有利子負債を差し引いた金額です。
帳簿上は資産として計上されていても、実際には回収が難しい売掛金や、価値が下がっている在庫などがあれば、譲渡価格に影響する可能性があります。そのため、貸借対照表の数字だけでなく、資産・負債の実態まで確認しておくことが必要です。
・未払残業代や退職金などの引当不足を確認する
簿外債務や将来発生する可能性のある債務も、買手が重視するポイントです。
例えば、未払残業代や退職金などについて、必要な引当てが不足していれば、デューデリジェンスで問題として指摘される可能性があります。
こうした問題が意向表明書の提出後に見つかれば、買手は「企業概要書に記載されていなかったリスクがある」と判断し、減額を求めることがあります。
そのため、譲渡価格に影響する可能性のある債務やリスクは、意向表明書を受け取る前に整理しておくことが重要です。
・店舗や重要契約の継続性を確認する
店舗を運営している会社では、賃貸借契約を譲渡後も継続できるかどうかが重要です。
会社の支配権が変わったときに、取引先や賃貸人の承諾が必要となる条項を「チェンジ・オブ・コントロール条項」または「COC条項」と呼びます。
M&Aによって契約が解除されたり、店舗を継続して使用できなくなったりすれば、会社の収益力は大きく変わります。
そのため、重要な契約についても事前に確認し、必要な情報を買手候補へ伝えたうえで、譲渡価格を提示してもらうことが大切です。


7.問題を事前に開示すれば減額交渉を避けやすくなる

デューデリジェンスで、企業概要書の内容と実態に大きな違いが見つかれば、売手は交渉上不利になります。
買手から「事前に聞いていた内容と違う」と指摘されれば、譲渡価格の減額を求められる可能性が高くなるからです。
一方、価格に影響する問題を意向表明書の提出前に開示しておけば、そのリスクを織り込んだ金額を提示してもらうことができます。
・提示された条件に納得できなければ選ばない
例えば、価格に影響する問題を事前に開示したうえで、買手候補から8億円の意向表明書が提出されたとします。
売手が「8億円では売却しない」と判断すれば、その買手を選ばず、別の買手候補と交渉することができます。
問題なのは、重要な情報を開示しないまま10億円で独占交渉に入り、デューデリジェンス後に8億円へ減額されるケースです。
売手は「話が違う」と感じますが、買手は「前提となる情報が違っていた」と考えます。
この認識のズレが、大幅な減額や破談につながります。
・競争が働いている段階で条件を固める
複数の買手候補が検討している段階では、買手同士の競争が働くため、売手は比較的交渉しやすい立場にあります。
しかし、1社を選んで独占交渉に入ると、他の買手候補との交渉ができなくなり、売手の交渉力は弱くなります。
さらに、デューデリジェンスまで進めば、売手にも「ここまで進めたのだから成約したい」という意識が生まれ、減額要求を受け入れやすくなることがあります。
だからこそ、売手の交渉力が強く、買手同士の競争が働いている意向表明書の提出前に、重要な情報を開示し、できるだけ条件を固めておくことが重要です。


8.意向表明書を受け取る前に論点整理を行う

会社売却2.0では、意向表明書を提出してもらう前に、必要に応じて論点を整理した書面を買手候補へ提出します。
・価格に影響する論点を書面で伝える
論点整理の書面には、買手候補が会社を評価するうえで認識しておくべき事項を記載します。
「この項目については、このような事情があります」「この前提を含めて株価を査定してください」と明確に伝えます。
口頭で説明するだけでなく、書面として証拠を残しておくことが重要です。
トップ面談の場でも、譲渡価格に影響する重要な項目について、買手候補に確認します。
「この点については、すでにご説明しています」「この事情を含めたうえで、意向表明書の金額を提示してください」と伝え、双方の認識を合わせます。
後から買手に「その話は聞いていない」と言われないように、説明した事実を記録として残しておきます。
・独占交渉前に出せる情報と出せない情報を区別する
意向表明書の提出前に、すべての情報を開示できるとは限りません。
まだ独占交渉に入っていない段階では、顧客名や従業員の個人情報、機密性の高い契約書など、買手候補へ開示しにくい情報があります。
そのため、どの情報を意向表明書の提出前に開示し、どの情報をデューデリジェンスに入ってから開示するのかを区別する必要があります。
重要なのは、何でも開示することではありません。
譲渡価格や重要な買収条件に影響する可能性の高い情報を見極め、必要な範囲で正確に伝えることです。
・定量的な情報は特に慎重に回答する
質疑応答への回答についても、雑に対応してはいけません。
将来の見通しや経営者の考え方など、定性的な情報については、ある程度見解が変わることもあります。
一方、売上高、営業利益、EBITDA、純資産、借入金、現預金などの定量的な情報は、回答を間違えると譲渡価格へ直接影響します。
数字に関する質問に対して、「大体このくらいだと思います」と不正確に回答すると、後から「説明された数字と違う」と指摘される可能性があります。
すぐに回答する必要のない質問であれば、資料を確認してから正確に回答すべきです。
時には、数字を保守的に見積もって伝えることも必要になります。

9.意向表明書や基本合意書を雑に扱うと破談につながる
意向表明書や基本合意書は最終契約ではありませんが、M&Aの成否を左右する重要な書類です。
この段階は、複数の買手候補から1社を選び、独占交渉とデューデリジェンスへ進む大きな節目にあたります。
買手は、それまでに開示された情報を前提に譲渡金額や買収条件を提示します。そのため、意向表明書を受け取る前に、価格に影響する重要な情報をできるだけ整理・開示しておくことが大切です。
・法的拘束力がなくても軽く考えてはいけない
意向表明書や基本合意書に記載された譲渡金額や買収条件には、原則として法的拘束力はありません。
しかし、だからといって金額や条件を軽く考えてよいわけではありません。
事前の情報開示が不十分なまま独占交渉に入ると、デューデリジェンスで新たな問題が見つかり、譲渡価格の減額や条件変更を求められる可能性が高くなります。
大幅な減額によって売手と買手の条件が折り合わなくなれば、最終的にはM&Aが破談することもあります。
だからこそ、買手同士の競争が働いている意向表明書の提出前に重要な論点を整理し、できるだけ条件を固めておくことが重要です。
意向表明書や基本合意書を丁寧に作り込むことが、当初の譲渡価格を維持し、M&Aを無事にクロージングさせるための重要なポイントになります。


まとめ
■意向表明書を受け取る前の準備が譲渡価格を左右する
意向表明書は、買手が現時点で考えている譲渡金額や買収条件などを売手に示す書面です。売手がその内容を受け入れると、通常は1社を選んで独占交渉へ進みます。
基本合意書は、意向表明書と同様の内容を契約書の形式にまとめ、売手と買手の双方が合意する書面です。
意向表明書と基本合意書は形式こそ異なりますが、譲渡金額や買収条件には原則として法的拘束力がなく、秘密保持義務や独占交渉権などには法的拘束力を持たせるのが一般的です。
しかし、譲渡金額に法的拘束力がないからこそ、意向表明書を受け取る前の準備が重要になります。
独占交渉に入った後、デューデリジェンスで事前に説明されていなかった問題が見つかれば、買手から減額や条件変更を求められる可能性があります。減額幅が大きければ、M&Aそのものが破談することもあります。
そのため、収益力、資産・負債、簿外債務、重要契約、COC条項など、譲渡価格に影響する情報を事前に整理し、買手候補へ正確に開示したうえで意向表明書を提出してもらうことが重要です。
買手同士の競争が働いている段階で条件をできるだけ固めておくことが、意向表明書の譲渡価格を維持し、M&Aを無事にクロージングさせるためのポイントになります。
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