株式会社社長の専門学校
『会社売却2.0/
М&Aセルサイドアドバイザー協会』
代表 田中英司(たなかえいじ)
- M&Aのプロアドバイザーかつ現役経営者。
- ゼロから創業した会社を上場させ、買手・売手の両方を社長として経験。
- 上場企業を引き継いだ後、複数社の会社を経営。
- M&Aアドバイザーとしても、年商数千万~数十億のM&Aを成功に導く。
●会社売却を検討すると、「デューデリジェンスが大変だ」と聞くことがあります。実際に何を求められ、社長はどれほど時間を取られるのでしょうか。
デューデリジェンス(DD)は、買手が会社を買う前に事業や財務、契約、労務などを確認する調査です。売手は資料を出すだけでなく、その内容について質問を受けます。事業が複数ある会社や店舗数の多い会社では、確認する範囲も広がります。一方で、最初から買手による調査と同じ量の資料をそろえるわけではありません。
会社売却2.0では、「売却準備中の確認」と「買手による調査」を分けて考えています。契約上の表明保証まで含め、売手に求められる対応は段階ごとに異なります。
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売手にとって最も過酷なデューデリジェンスの現実とは?
●デューデリジェンスで売手にかかる負担は、
会社によって違う
買手は、取得を検討している会社の中身を知る必要があります。デューデリジェンスでは、買手が会社の事業内容や財務、契約、資産などを詳しく確認します。そのため売手側には、帳簿や契約書などの資料を準備し、買手からの質問に回答する作業が発生します。
その負担は、会社の規模や事業内容によって大きく異なります。
例えば、店舗が1店舗の会社と30店舗ある会社では、確認が必要な賃貸借契約や店舗資料の数が違います。複数の事業を行っていたり、商品・取引先・資産が多かったりすれば、それだけ準備する資料や確認事項も増えていきます。
ただし、買手が会社のすべての取引や契約を一つずつ調べるわけではありません。譲渡価格や今後の事業運営に大きな影響を与える項目は詳しく調査し、影響の小さい項目については確認範囲を絞るのが一般的です。
また、調査だけでは確認しきれない事項については、株式譲渡契約書の「表明保証」などによって、売却後に問題が判明した場合の責任や対応を取り決めることがあります。
どこまで詳しく調査するかは、会社の規模や事業内容、買手の方針によって異なります。だからこそ売手側も、求められた資料をそのまま提出するだけではなく、買手が確認しやすいように整理して提供し、デューデリジェンスをスムーズに進めることが大切です。

●売却準備の段階でも、売手側で資料を確認する

会社売却では、買手によるデューデリジェンスの前に、売手側でも会社の資料や数字を確認します。
売却準備のための確認と、買手が買収判断のために行うデューデリジェンスは別のものです。
売手側のアドバイザーは、買手候補に提示する企業概要書を作成する前に、売上や利益、現預金、借入金、主な資産などを確認します。会社の価値を考えるうえで重要な数字を把握し、適切な価格の目安を検討するとともに、買手候補へ会社の状況を正しく伝えるためです。
会社売却2.0で売手を支援してきた経験では、売手側が準備段階で行う確認は、買手の本格的なデューデリジェンスを100とすれば、10~30程度という感覚です。これは資料の量を示す一律の基準ではありません。売却を検討し始めた段階から、社長に本格的なデューデリジェンスと同じ作業を求めるのは現実的ではないからです。
一方で、譲渡価格の土台となる重要な数字まで曖昧にしてよいわけではありません。事前に伝えた内容と実際の会社の状況に大きな違いがあれば、買手のデューデリジェンスで問題となり、価格交渉をやり直す可能性があります。
そのため、社長の負担をできるだけ抑えながら、譲渡価格に影響する重要な項目は先に確認しておくことが重要です。何を事前に確認し、何を買手のデューデリジェンスに委ねるのか。その見極めが、売手側の売却準備では重要になります。
また、資料を集める過程では、その会社の管理状況も見えてきます。必要な資料がすぐにそろう会社もあれば、担当者への確認を何度も重ねなければならない会社もあります。
買手との本格的なやり取りが始まってから慌てないためにも、必要な資料がどこにあり、社内の誰が何を把握しているのかを、売却準備の段階で確認しておくことも大切です。
買手による調査が始まると、資料の提出と質問への回答が続く
買手による本格的なデューデリジェンスが始まると、財務・税務・法務・労務・事業など、さまざまな分野の資料提出を求められます。
しかも、手元にある資料を一度提出すれば終わるわけではありません。買手が資料を確認すると、「この期間の資料が不足している」「この数字の内訳を確認したい」「この契約について詳しく知りたい」といった追加の資料提出や質問が出てきます。
売手は、不足している資料を集め直し、質問の内容によっては社内の担当者や顧問税理士などにも確認しながら回答を準備します。さらに、売却後の事業運営や引継ぎに必要な情報について説明を求められることもあります。
つまり、デューデリジェンスでは、「資料を提出する→買手が確認する→追加の資料や質問が来る→売手が対応する」というやり取りが何度も繰り返されます。これが、売手や社長にとって大きな負担となる理由の一つです。
会社売却2.0で支援した案件でも、こうした資料提出や質疑応答に約2か月かかったケースもあれば、約4か月かかったケースもあります。期間は、会社の規模や事業内容、売買金額、資料の管理状況などによって大きく異なるため、すべてのM&Aに当てはまるものではありません。
売却時期から逆算してスケジュールを考える場合は、デューデリジェンスそのものだけでなく、資料収集や追加質問への対応にかかる時間も見込んでおくことが重要です。
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、買手のデューデリジェンスでは多くの資料提出が求められる場合があり、支援者が売手側の資料整理・作成や日程調整などを支援することが示されています。

売却を社内に知らせていない場合、資料をどう集めるか
会社売却では、成立するまで従業員には知らせずに進めたいという社長も少なくありません。しかし、その場合に問題となるのが、デューデリジェンスに必要な資料を誰が集めるのかという点です。
売却を知らせていない管理部門に、突然大量の契約書や労務資料などを依頼すれば、「何に使うのだろう」と不審に思われる可能性があります。一方で、社長自身がすべての資料を探して準備するのも現実的ではありません。
そのため、社長の了承を得たうえで管理部門の責任者だけに事情を伝えて協力してもらったり、顧問税理士に資料の準備を依頼したりするなど、会社の状況に合わせて対応する必要があります。
大切なのは、「誰まで売却の検討を知らせるのか」「誰なら必要な資料を準備できるのか」を事前に決めておくことです。
秘密を守ることだけを優先すると、必要な資料が集まらず、買手からの質問にも回答できなくなり、デューデリジェンスが遅れる可能性があります。
だからこそ、社内に知らせずに会社売却を進めたい場合ほど、秘密を守りながら、誰にどこまで協力をお願いするのかを、アドバイザーと早めに決めておくことが重要です。

●買手からは、どのような質問が来るのか
デューデリジェンスで買手が確認するのは、決算書などの数字だけではありません。会社を買った後も事業を安定して続けられるのか、将来問題となるリスクがないかを確認するため、さまざまな質問が行われます。
例えば、次のような点を確認されます。
- 決算書に載っている利益や資産の内容に、確認すべき点はないか
- 未払い残業代や退職給付の負担、社内の労務問題はないか
- 事業に必要な許認可は有効か
- 重要な取引先との契約や関係は続く見込みか
- 利益の大きい店舗の賃貸借契約は、いつまで続くか
例えば、主力店舗が定期建物賃貸借契約で、契約終了まで残り2年だったとします。買手にとっては、その店舗を譲受後も運営できるかが収益に直結します。「たぶん更新できると思う」という見通しだけでは、買手が判断しにくいでしょう。契約内容や貸主とのやり取りなど、分かっている事実を確認して伝える必要があります。
大口の取引先とトラブルがあり、取引終了の可能性がある場合も同じです。重要な問題を買手から質問されるまで伝えず、後の調査で判明すると、譲渡価格だけでなく買手との信頼関係にも影響する可能性があります。
「問題ありません」と即答しにくい質問もある
デューデリジェンスでは、社長自身がすぐには答えられない質問も少なくありません。
例えば、未払い残業代や労務トラブルについて質問された場合、社長が把握していないからといって、すぐに「ありません」と断言するのは注意が必要です。従業員が多い会社では、社長まで報告されていない問題が存在する可能性もあります。
一方で、会社で将来起こる可能性のある問題を、すべて予測することもできません。
そのため、パワーハラスメントなどの問題についても、「現在把握している事実」と「まだ確認できていない範囲」を分けて回答することが大切です。必要に応じて社内の記録や担当者に確認し、どこまで事実として回答できるのかを明確にします。
こうした回答は、その後の株式譲渡契約書における表明保証などにも関係してきます。
したがって、確認できていないことまで安易に「問題ありません」「ありません」と回答するのではなく、事実を確認したうえで、必要に応じて売手側のアドバイザーや弁護士と相談しながら回答することが重要です。


●調査で分からないことと、契約書の表明保証

デューデリジェンスを行っても、買手が会社の過去の取引や社内で起きた出来事を、すべて調べ尽くすことはできません。
そのため、株式譲渡契約書では、デューデリジェンスだけでは確認しきれない事項について、売手が会社の状態を一定の範囲で表明し、保証する「表明保証」を定めることがあります。
例えば、会社を売却した後になって、売却前から存在していた未払い残業代が見つかったとします。この場合に、売手がどこまで責任を負うのかは、株式譲渡契約書の文言によって決まります。
つまり、問題が見つかったからといって、必ず売手や社長がすべての損失を負担するというわけではありません。何を保証するのか、保証する期間はいつまでか、補償額の上限をいくらにするのかなど、契約内容を確認することが重要です。
また、社長自身が把握することが難しい事項については、「売手が知り得る限り」など、保証する範囲を限定することを検討する場合もあります。ただし、本来社長として把握しておくべき事項まで、すべて同じように限定できるとは限りません。
すでに重大な問題が分かっている場合は、それを表明保証だけで処理しようとするのではなく、デューデリジェンスの段階で買手に開示し、譲渡価格や契約条件を含めて話し合うことが必要です。
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、デューデリジェンスが十分に行われない場合、表明保証に関して売手側の負担が問題となる可能性が示されています。資料を出す作業と契約条件の確認は、別々のものとして切り離せません。
デューデリジェンスでどこまで確認できたのかと、株式譲渡契約書で何を保証するのかはセットで考えることが重要です。資料を提出して調査が終わればよいのではなく、その結果が最終的な契約条件にどう反映されているかまで確認する必要があります。

社長の負担を減らすには、質問を整理してから確認する
デューデリジェンスでは、買手から多くの質問が届きます。しかし、その質問をそのまま社長に転送して「すべて回答してください」と依頼していては、社長の負担が大きくなり、本来の経営にも影響してしまいます。
会社売却2.0では、まず買手からの質問を整理し、決算書や契約書など既存の資料から回答できるものは、できるだけ先に確認します。そのうえで、社長にしか分からないことだけをまとめて確認するようにしています。
回答方法も、社長に合わせて工夫できます。文章で答える方が早ければ、整理した確認事項に記入してもらいます。口頭の方が答えやすければ、30分程度の時間を取り、アドバイザーが聞き取った内容を回答案としてまとめる方法もあります。
ただし、アドバイザーが会社の事情を推測して回答してはいけません。数字や過去の出来事など、事実関係に間違いがないかは、最後に社長や担当者へ確認することが重要です。
また、売却を検討し始めた段階で、直近の決算書や重要な取引先との契約書、店舗の賃貸借契約書などがどこに保管されているかを確認しておくと、その後のデューデリジェンスが進めやすくなります。
同時に、「社長にしか答えられないこと」「経理や管理部門が答えられること」「顧問税理士などに確認できること」を分けておけば、社長に質問が集中することも防げます。
資料を確認する中で問題や気になる点が見つかった場合は、隠さず売手側のアドバイザーに伝えることも大切です。事前に分かっていれば、買手にいつ、どのような資料とともに説明するかを検討できます。
大切なのは、回答を急ぐことではなく、質問を整理して適切な人に確認し、事実に基づいて回答することです。
未確認の内容を推測で回答しないことが、結果としてデューデリジェンスをスムーズに進めることにつながります。


まとめ
※会社売却では、社長自身の確認も欠かせない

買手によるデューデリジェンスは、資料が整っている会社でも一定の対応が必要です。社内への説明を絞っている会社では、資料を集めるだけでも社長に負担がかかるでしょう。
売手側のアドバイザーは、資料の整理や質問の取りまとめを手伝えます。それでも、会社の成り立ちや取引先との関係、社内で起きた出来事など、社長にしか確認できないことは残ります。会社の規模や事情に合わせて時間を確保し、答えに迷う質問は担当者と確認しながら進めることが、売却後の行き違いを防ぐことにもつながります。
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