株式会社社長の専門学校
『会社売却2.0/
М&Aセルサイドアドバイザー協会』
代表 田中英司(たなかえいじ)
- M&Aのプロアドバイザーかつ現役経営者。
- ゼロから創業した会社を上場させ、買手・売手の両方を社長として経験。
- 上場企業を引き継いだ後、複数社の会社を経営。
- M&Aアドバイザーとしても、年商数千万~数十億のM&Aを成功に導く。
会社を売却する場合、「株式はすべて譲渡するが、社長としてはその後も一定期間会社に残りたい」と考えるオーナー経営者は少なくありません。
特に、まだ体力もあり、会社の業績も安定している経営者ほど、「今すぐ引退したいわけではないが、将来のことを考えて大手の傘下に入った方がよいのではないか」と考えるケースがあります。
一方で、買手から見ると、「まだ経営できるのに、なぜ今売るのか」「会社に何か問題があるのではないか」という疑念を持たれることもあります。
そのため、会社売却後も社長が残る場合には、残留期間や役職、報酬、退職金、インセンティブ設計などを、最初から整理しておくことが重要です。
この記事では、M&A後も元オーナー社長が会社に残る場合に、買手がどのように見るのか、どのように説明すべきか、そして残留後の立場や報酬をどのように考えるべきかを解説します。
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目次
買手が疑う理由と残留期間・報酬の決め方
●なぜ今、あえて会社を売るのか?

会社を売却する際、株式はすべて譲渡する一方で、社長としてその後も会社に残り、経営を続けたいと希望されるオーナー経営者は少なくありません。最近では、こうした形のM&Aも増えています。
しかし、買手は最初に次のような疑問を持つことがあります。
- 長く経営を続けられるのに、なぜ今会社を売るのか。
- 株式を持ったまま経営を続ければよいのではないか。
- 将来、会社の業績が悪くなることを見越して売ろうとしているのではないか。
このように、買手が売却理由を慎重に確認するのは当然です。
ただし、売却後も社長が残ることは、会社の将来性に不安があるという意味ではありません。
むしろ、「会社が元気なうちに大手グループの傘下に入り、経営基盤をさらに強化したい」「時間をかけて円滑に事業承継を進めたい」という前向きな判断であるケースが多いのです。

●業界再編が進み、大手グループに入る選択肢が増えている
まだ現役で経営を続けられる社長が、あえて会社を売却する大きな理由の一つが「業界再編」です。
現在、多くの業界では市場の成熟や人口減少により、競争が激しくなっています。高度経済成長期のように、どの業界でも右肩上がりに成長できる時代ではありません。
そのため、単独で経営を続けるよりも、大手企業のグループに入り、資本力や販売力、ブランド力などのスケールメリットを活かした方が、会社の成長につながるケースが増えています。
実際に、経営者の中には次のように考える方が多くいます。
- まだ引退するつもりはない。
- 会社の業績は順調で、経営も安定している。
- だからこそ、良い条件で会社を譲渡したい。
- 大手グループの力を活用しながら、自分も経営に携わり、時間をかけて事業を引き継ぎたい。
つまり、会社が順調な今だからこそ、次の成長に向けて売却を決断するという考え方です。
●後継者がいても会社を売却するケースはある
会社売却は、「後継者がいないから行うもの」と思われがちですが、実際にはそうとは限りません。
たとえ親族や社内に後継者がいたとしても、業界再編が進んでいる場合には、自社だけで経営を続けるよりも、大手グループの一員になった方が会社の将来にとって有利だと判断する経営者もいます。
人口減少や市場縮小が進む中で、会社を長く存続・成長させるためには、資本力のある企業と組むことが最善の選択となることもあります。
つまり、会社売却は「会社が悪くなる前に手放す」という話ではありません。
会社をより良い形で未来へ残すための、前向きな経営判断としてM&Aを選ぶ経営者が増えているのです。

●売却後も継続する場合、売手の立場はどうなるのか?

売主であるオーナー社長が会社に残る場合、まず前提を整理しておく必要があります。
その背景には、次のような事情があります。
- 後継者がいても、親族や社内の人で成長し続けることに不安がある。
- 業績は順調で、自分自身もまだ現役で経営できる。
- だからこそ、大手グループの傘下に入り、会社をさらに発展させたい。
このような場合、売主が一定期間会社に残ることは、買手にとっても大きなメリットがあります。
買手はすぐに後任社長を探す必要がなく、売主から経営ノウハウや取引先との関係、社内文化などを時間をかけて引き継ぐことができます。
つまり、売主が一定期間残ることで、事業承継をスムーズに進められるのです。
●オーナー経営者は、雇われ社長とは立場が違う
売却後の役職を考えるうえで、理解しておきたいことがあります。
それは、オーナー経営者と雇われ社長では立場が大きく異なるということです。
オーナー経営者は、自ら会社を育て、長年にわたり経営責任を負ってきました。そのため、売却後の役職は単なる肩書きではなく、これまで築いてきた立場や尊厳にも関わります。
例えば、10店舗を経営してきたオーナー社長が、売却後に「統括マネージャー」や「店長」という肩書きになった場合、仕事内容には問題がなくても、心理的な抵抗を感じることがあります。
だからこそ私は、売却後も会社に残る場合は、**「然るべき立場で残ること」**が大切だと考えています。
●「然るべき立場」で残ることを条件にしておく
売却後も3年、5年と会社に残り、経営や事業承継に携わるのであれば、「残ること」だけではなく、どのような立場で残るのかを事前に整理しておくことが重要です。
一方で、買手にも事情があります。
会社を100%買収すれば、会社の所有者は買手になります。当然、経営の最終決定権も買手が持ちたいと考えます。
そのため、多くの場合は買手が取締役会の過半数を指名し、代表取締役も買手側が就任することになります。
つまり、売主が代表取締役社長のまま残ることは、必ずしも多くありません。
その場合は、
- 取締役会長として残る
- 取締役として残る
- 経営顧問として関与する
など、大切なのは、売主の経験や立場を尊重しながら、買手と相談して最適な役職を決めていくことです。


●売却後に残る場合の報酬の考え方

会社を高く売るために最も重要なのは、多くの買い手に競ってもらう仕組みを作ることです。
会社売却後も社長に準じた業務を続けるのであれば、報酬を極端に下げるわけにはいきません。
売却後も経営の引き継ぎを行い、社長としての役割に近い仕事を続けるのであれば、その業務に見合った報酬が必要です。

高額な役員報酬は譲渡価格に反映することが多い
利益が十分に出ているオーナー企業では、社長の役員報酬が年収5,000万円、7,000万円、場合によっては8,000万円というケースもあります。
しかし、会社を売却した後も、そのまま同じ報酬を支払い続けることは、買手にとって合理的とは言えません。
そのため、M&Aでは売却前の高額な役員報酬を「適正な報酬」に修正して会社の利益を算出するのが一般的です。
たとえば、5,000万円の役員報酬を取っていたとしても、売却後の適正な報酬が1,200万円だとすれば、その差額は正常収益力として利益に織り込みます。そして、その利益をもとに譲渡価格を算定してもらうのです。
その利益が企業価値に反映されるため、高額な役員報酬の一部は、売却後の給与ではなく譲渡価格として受け取るという考え方になります。
売却後の報酬が低すぎるのも問題
一方で、売却後も社長に近い役割を担い、経営の引き継ぎや重要な意思決定に関わるにもかかわらず、報酬が極端に低いのは適切ではありません。
たとえば、月額50万円程度では、業務内容に見合わないと感じる経営者も多いでしょう。
そのため、売却後も一定期間会社に残るのであれば、年収1,200万円~1,800万円程度を一つの目安として、買手と協議するケースもあります。
もちろん、適正な報酬は会社の規模や利益水準、担当する業務内容によって異なります。
大切なのは、売却後の報酬を最初から概要書や条件に織り込んでおくことです。
既存役員とのバランスも考慮する
報酬を決める際には、買手企業の役員とのバランスも考える必要があります。
例えば、既存役員の報酬がそれほど高くない会社で、売却後に残る元オーナー社長だけが高額な報酬を受け取ると、不公平感が生じることがあります。
そのような場合は、報酬だけで調整するのではなく、
- 譲渡価格を増額する
- オーナー所有の不動産を会社へ貸し、家賃収入を得る
- その他の条件でバランスを取る
といった方法を組み合わせることも可能です。
大切なのは、給与だけにこだわるのではなく、譲渡価格・報酬・その他の条件を総合的に設計し、売主・買手の双方が納得できる形にすることです。


●継続して働けるのに、なぜ今売るのか?

買手が最初に抱く疑問の一つが、
「まだ元気に経営できるのに、なぜ今会社を売るのですか?」
ということです。
この疑問に対しては、売主が納得できる理由をしっかり説明することが大切です。
例えば、後継者がいない場合、いずれは誰かに会社を引き継がなければなりません。
しかし、5年後や10年後の引退を考え始めると、大きな設備投資や新規事業への挑戦など、将来を見据えた攻めの経営はしにくくなります。
本来であれば投資すべきタイミングでも、「もうすぐ引退するから」と考え、リスクを取りにくくなる経営者は少なくありません。
もし40代であれば積極的に投資したかもしれません。しかし、65歳や70歳が近づくと、どうしても慎重な経営になりがちです。
一方で、資本力のある企業グループの一員になれば、資本力のある会社の傘下に入れば、「伸びるのであれば投資しよう」と判断できる可能性があります。
売主であるオーナー社長は、一定期間会社に残って経営や事業承継をサポートし、その間に買手は資金や人材を投入して会社をさらに成長させることができます。
このような形であれば、
- 会社はさらに成長できる
- 従業員も安心して働ける
- 地域経済にも貢献できる
という、関係者全員にとってメリットのあるM&Aになる可能性があります。
そのため、
「会社が元気なうちに株式を譲渡し、経営のバトンを渡す。そして一定期間は会社に残り、次の経営者を支える。」
という選択は、決して後ろ向きではなく、会社の将来を見据えた前向きな経営判断と言えるでしょう。
この考え方を丁寧に説明すれば、買手の理解を得られるケースは少なくありません。


●買手の疑念を信頼に
変えることが重要

会社を売却する際に、売主が理解しておきたいことがあります。
それは、買手は将来のリスクを負って会社を買うということです。
M&Aでは、表明保証によって過去の一定事項については保証を受けられます。しかし、将来の業績や経営環境まで保証されることはありません。
会社を買収した後のリスクは、基本的に買手が負うことになります。
そのため、買手が慎重になるのは当然です。
特に、まだ元気で経営を続けられる社長が「会社を売りたい」と言えば、
「なぜ今売るのだろう。」
「何か問題があるのではないか。」
と考えるのは、ごく自然なことです。
だからこそ重要なのは、売主がその疑問に対して誠実に説明することです。
例えば、
- なぜ今、会社を売却するのか。
- 売却後も会社に残る理由は何か。
- 会社の将来をどのように考えているのか。
- 後継者や業界環境をどう見ているのか。
- 買手が入ることで、会社はどのように成長できるのか。
こうした点を一つひとつ丁寧に伝えることで、買手の不安は安心へと変わっていきます。
多くの場合、売却理由に合理性があり、説明に一貫性があれば、買手は納得してくれます。
疑問を隠すのではなく、正直に説明する。
多くの場合、合理性があれば、この問題は解決できます。
売主が隠すのではなく、正しく説明する。これが買手の疑念を信頼に変えるために必要な姿勢です。

●意欲を維持するための特殊スキーム

売却後も元オーナー社長が長期間会社に残る場合は、モチベーションを維持する仕組みも考えておくことが大切です。
株式をすべて譲渡し、然るべき立場で長期間勤務する。その場合、元社長が一生懸命やることはもちろん期待されます。
しかし、一生懸命やったことが報われる仕組みを少し設けた方がよいケースもあります。
だからこそ重要なのは、売主がその疑問に対して誠実に説明することです。
●業績連動報酬を取り入れる方法
一つの方法が、業績連動報酬です。
例えば、基本報酬とは別に、営業利益が一定の目標を上回った場合、その上振れ分の一部を報酬として支払う仕組みです。
売却後も元社長が会社の成長に貢献すれば、その成果が報酬として還元されます。
このような制度があれば、元社長のモチベーションを維持しやすくなり、買手にとっても会社の成長を任せやすくなるでしょう。
●株式を一部残すという方法
もう一つの方法は、株式を一部保有したままにすることです。
例えば、一部の株式だけを保有し、3年後など一定期間経過後に買い取ってもらう契約にする方法があります。
ただし、この方法は買手によっては嫌がられることがあります。買手のなかには、会社を買うなら100%引き受けたいと考える会社も多いからです。
100%取得することで、経営判断や意思決定をスムーズに行いたいという考え方があるためです。
そのため、株式を一部残す方法は、買手の意向を踏まえて慎重に検討する必要があります。
●再投資という選択肢もある
買手が100%の株式取得を希望する場合は、再投資という方法を選ぶケースもあります。
例えば、買手がSPC(特別目的会社)やファンドを活用して買収する場合、売主がその買収会社へ一部出資する方法です。
こうすることで、会社が成長した際には、その成果の一部を元オーナーも受け取れる可能性があります。
もちろん、このような仕組みを希望しない売主もいます。
「売却後は通常の役員報酬だけで十分」という考え方もあれば、「会社の成長に合わせてリターンも得たい」という考え方もあります。
どちらが正しいというものではなく、売主の考え方によって選択すればよいでしょう。
●長期間会社に残る場合だからこそ検討する
このような場面では、再投資や二段階譲渡といったスキームが検討されることがあります。
ただし、すべてのM&Aで必要になるわけではありません。
会社を売却して経営から退くのであれば、こうした仕組みは不要なケースがほとんどです。
一方で、売却後も数年間会社に残り、事業の成長や経営に深く関わるのであれば、売主・買手の双方にメリットのある仕組みとして検討する価値があります。


まとめ
今回は、会社売却後も元オーナー社長が会社に残るケースについて解説しました。
近年は、まだ現役で経営を続けられるオーナー経営者でも、会社売却を選択するケースが増えています。
その理由は、後継者不足だけではありません。業界再編や市場の成熟、さらなる成長を目指すために、大手企業の資本力や経営資源を活用したいという前向きな判断からM&Aを選ぶ経営者も多くなっています。
一方で、買手は、
「まだ社長が元気なのに、なぜ今会社を売るのか。」
という疑問を必ず持ちます。
そのため、売主は、
- なぜ今売却するのか
- 売却後も会社に残る理由は何か
- 買手と組むことで会社がどのように成長できるのか
を、誠実かつ論理的に説明することが大切です。
また、売却後も会社に残るのであれば、役職・報酬・残留期間についても事前に整理しておく必要があります。
社長に準じた役割を担うのであれば、それに見合った立場と報酬を確保することが重要です。さらに必要に応じて、業績連動報酬や再投資、二段階譲渡など、双方にメリットのある仕組みを検討することも有効でしょう。
こうした条件は、基本合意の直前や最終契約の段階で初めて話し合うのではなく、企業概要書(IM)や初期の条件提示の段階から明確にしておくことが重要です。
最初から認識を共有しておくことで、買手とのミスマッチを防ぎ、売主・買手の双方が納得できるM&Aにつながります。
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